大澤山龍雲寺
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臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺
東京禅センター

龍雲寺について

臨済宗妙心寺派、生活信条 一日一度は静かに坐って、身と呼吸と心を調えましょう。人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も、大切にしましょう。生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう。
龍雲寺新命住職 細川 晋輔平成二十五年より、第十二代住職に就任させていただいております。龍雲寺という寺名は全国にたくさんありますが、地域の方々は「野沢龍雲寺」と呼び、親しんでくださっております。私はこの呼び名が大好きです。「野沢」という地名が頭につくことによって、地元の方々との結びつきを強く感じられるからです。そもそも龍雲寺の歴史は、有力な武将や権力者によってではなく、地域の方々の想いによって建立されたところから始まりました。その由縁を忘れることなく、地域の皆様あっての龍雲寺であり続けたいというのが私の想いです。
龍雲寺は臨済宗妙心寺派の寺院であり、禅の教えを大切にしております。最近は「坐禅ブーム」といわれます。老若男女、更には国内外を問わず、たくさんの方々が禅に興味を持ってくださることは、喜ばしい限りです。しかし私たち宗派は、禅がブームであることに留まることなく、文化としての定着を目指していかなければならないと考えております。
仏教は、亡くなった方のためだけのものではありません。もちろん、ご葬儀やご法事は大切なことです。しかし、二千五百年前にお釈迦様が仏教を開かれた目的は、死者を弔うためではないのです。仏教とは、まさに今、生きて悩み苦しむ人々が、少しでも幸せになるために説かれた教えなのです。言い換えると、お釈迦様が残された「幸せになるためのメッセージ」となるでしょうか。その「メッセージ」には、必ず、生きることの真理が宿っています。真理のないものが、二千五百年もの間、人々に信仰されるはずがありません。
皆様にとって、野沢龍雲寺がお釈迦様の「メッセージ」に触れていただく機会となり得ますよう、これからも精進して参る所存でございます。
新命住職 細川 晋輔
龍雲寺閑栖住職 細川 景一龍雲寺は臨済宗妙心寺派の寺院です。臨済宗とは達磨を初祖とし、臨済義玄禅師を宗祖とし、本来無一物を体得することを目指す宗派です。定慧不ニの法門であり見性悟道をもって宗旨とします。また本尊は、釈迦牟尼仏を大恩教主と仰ぎ、その因縁によって釈迦如来、薬師如来、大日如来、観音菩薩等を安置します。龍雲寺では、因縁によって聖観音菩薩を本尊とします。
臨済宗の祖、臨済禅師は「赤肉団上に一無位の真人あり、常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざらん者は看よ!看よ!」と説かれました。老若男女、賢愚、凡聖、貧富、迷悟、善悪など外的条件に制約されない、一切の束縛から脱した自由無碍の裸の人間を自分の内に看て取り、自己の内なる真人と相見すれば、本当の自由が得られる。そうすれば、いついかなる所においても自主性をもって無上の喜びと共に、生き生きとした自分の人生を創造していくことができる、と喝破されたのです。真人を看て取るにはまず坐禅から始まります。坐禅を通して自分を見て取るのです。
このページが混迷を深める世の中の人々の心の拠り所になることを祈念します。
閑栖住職 細川 景一

龍雲寺の宗門

一、宗派

臨済(りんざい)宗妙心寺派(禅宗)

一、宗旨及び協議

お釈迦(しゃか)様の正法(しょうぼう)を相承がれた初祖(しょそ)達磨(だるま)大師、宗祖臨済禅師、さらに開山無相(むそう)大師に及ぶ一流の禅を宗旨及び教義とします。

一、本山及び寺院

正法山妙心寺(京都花園)を大本山とし、建武四年(西暦1337年)花園法皇の勅願(ちょくがん)によって創建され、開山無相大師の法流は四派に分れて、全国三千五百ヶ寺に広がっています。

一、本尊

釈迦牟尼(しゃかむに)世尊を大恩教主と仰いで尊崇(そんそう)し、因縁によりそれぞれに釈迦如来・観音菩薩等をおまつりします。(龍雲寺は因縁により観世音菩薩等をおまつりしてます。)

一、経典

お釈迦様の正法をそのまま心に頂く宗旨ですから、特に経典は一定しませんが、主に般若心経、大悲呪、観音経、開甘露門、坐禅和賛、宗門安心章等をお誦(よ)みします。

一、宗風

宗門は僧俗ともに禅の安心を求める同心同行であり、開山無相大師の「請(こ)うその本(もと)を務(つと)めよ」の御遺誡(ゆいかい)と、開基花園法皇の「報恩謝徳(ほうおんしゃとく)」の聖旨を体して仏法興隆(こうりゅう)を実践する教団であります。

一、信条

自心(じしん)仏であることを固く信じて坐禅にはげみ、本当の自分にめざめ、どんな苦難にもくじけず常に脚下(あしもと)を照顧(みつ)めてくらしを正し、生かされている自分を感謝しつつ世のため、人のためにつくします。

一、檀信徒

檀信徒は花園会員として和やかに力を合わせ、社会を「心の花園」にと念じて正法を広めるようつとめます。

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