本日の盆踊り中止について

【ご連絡】

本日の野沢龍雲寺納涼盆踊り大会は台風のため中止とし、明日29日に順延させていただきます。

楽しみにして下さった方、申し訳ありません。

先日の豪雨災害で被災された地域への台風による被害がこれ以上ありませんよう、心より祈念申し上げます。

                      野沢龍雲寺盆踊り実行委員会856AF1A5-C681-4BDB-B892-52981CE92AAE

新潮新書さまより書籍を出版させていただきました!

『人生に信念はいらない』書影

この本が出版できたきっかけは一つのフリーペーパーからでした。それは平成二十七年十月に発行された『フリースタイルな僧侶たち』です。京都での九年間の禅修行から東京のお寺に戻り、色々なことに刺激を受けながら毎日を過ごしていた私は、その特集記事にオファーをいただいたのです。

その頃の私は「仏教の王道をいきたい」と、生意気にも考えていたので、はじめは「フリースタイル」という言葉に引っかかりました。ただ当時の代表であった若林唯人師の仏教を伝えたいという熱意と、その意味は、なんでもありという「型無し」ではなく、基本を抑えたうえでそれを打ち破っていくという「型破り」と理解し、「苦悩」というテーマと向かい合いました。その上で自分の中で一つのルールを決めました。この原稿に関しては、「百人に一人でも届いてくれたらいいと思って書こう」というものでした。今まで依頼を受けた原稿は、どうしても批判をされないように、万人に受け入れられるように、どなたにも不快な思いをさせることないように取り組ませていただいておりました。もちろんそれは大切なことで、物を書く上で究極の目標であることに違いはありません。ただ私のような浅学非才の者にとっては、かなり大きなチャレンジでした。

私の記事の評価は、私にはうかがい知ることはできませんが、一人の読者より一通の丁寧なお手紙をいただきました。これが私と新潮新書編集部の金寿煥さんとの出会いでした。

「世にあなたの禅を、新潮新書という形でぶつけてみませんか?」

このお誘いに、大変嬉しく思ったとともに、まだ時期尚早であると戒める冷静な自分がいました。

もちろん、松原泰道の孫として生涯で一冊くらいは世に書を残したいという願いはありました。ただ、三十代という年齢もあり、私のような若輩者が何を書けばいいのだろうか?と悩む私に引導を渡してくれたのは、金さんの「三十代でしか書けないことがある」という一言でした。

寺で生まれた私にとって、思い返せば「禅」は常に傍らにありました。禅寺で生まれ、禅寺に育てていただいた私。寺の子として敷かれたレールを当たり前のように歩き、禅の修行道場の門を叩いた私。そこで自分が直接見て、感じたもの。いただいたたくさんのご縁。そこでぶつかった「禅とは一体何なのか? 」という疑問。今の自分自身の中で絞りに絞って、これ以上ないほどまでにカラカラになって、「禅」と向き合って書かせていただいたのがこの『人生に信念はいらない 考える禅入門』です。

「禅は、説けば説くほど遠ざかり、書けば書くほど隔たるの感あり」

鎌倉円覚寺の横田南嶺老大師よりいただいた言葉です。まさにその通りで、原稿を書いては直し、直しては書くの繰り返しでした。ただ、ここで誤解をしてはならないことを、たくさんの講演をなさり、熱意をもって著作を残されている横田老師や故・松原泰道師はその背中で教えてくださるのです。確かに禅とは言葉にできないものであり、説けば説くほど遠ざかり、書けば書くほど隔たるものかもしれません。それでも私たちは書き続け、説き続けることを諦めてはならないということを。

この本の中、どれか一つでも、読者の方の人生を豊かにしうるものがあったのであれば、それは私がこれまでにいただいたすべてのご縁のおかげです。一方で、先人たちが護ってこられた禅の教えの中に、何か一つでも誤解を招くような表現があったとすれば、すべて未熟な私の責任であります。ご叱責をいただければ有り難く思います。

細川晋輔

白隠さんの会発足記念

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白隠慧鶴禅師は江戸時代に衰退していた臨済宗を復興し、禅の教えを広く民衆に説いた高僧です。その偉業と教えを末永く後世に受け継ぐために、「白隠さんの会」(白隠禅師奉賛会)が立ち上がります。「白隠さんの会」では、白隠禅師の教えを共に学び広く発信するとともに、沼津の誕生地である「無量堂」や悟りの地である飯山の「正受庵」など、由緒地の保存・管理・活用についても協議してまいります。
この度4月1日より始動する本会の発足記念講演会を下記の通り開催することとなりました。
円覚寺管長・横田南嶺老大師と妙心寺派宗務総長・栗原正雄師の記念すべき会となります。
ぜひご参加いただけますようお願い申し上げます。

予約フォーム
https://coubic.com/tokyozen/264807/express…

【日時】2018年6月9日(土)午後2時開演
【場所】日経カンファレンスルーム
【入場料】500円 定員350名・全席自由

禅語 「一期一会」

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龍雲寺の山門を入ると、大きな石に「一期一会」と刻まれています。臨済宗妙心寺派の元管長・臥雲庵松山寛惠老大師のご染筆です。

今から約20年くらい前でしょうか?トムハンクス主演でアカデミー賞をとった「フォレストガンプ」という映画の邦題に「一期一会」という禅の言葉が使われたことがあります。まさに「出会いと別れ」を表した名作が世間に広まるに伴い、この「一期一会」という言葉も広く浸透いたしました。

まず、その言葉を見てみましょう。

「一期」これは仏教語で「一生涯」をあらわします。

そして、「一会」これも仏教語で「多くの人による集まり、会合」を意味します。

この意味を踏まえて茶道の側から見てみましょう。

千利休は茶道の一番の心得として、「茶会に臨む際は、その機会を一生に一度のものと心得て、主客ともにお互い誠意を尽くせ」としていました。そして利休の弟子の一人、山上宗二は自身の著書に「一期に一度の会」と記しています。

そして、この言葉を確立したのは江戸時代の大老・井伊直弼なのです。

1860年の3月3日、雪降る江戸城桜田門外で水戸浪士に襲撃を受け四十六歳の短い生涯を終えた井伊直弼は、名門彦根藩主の井伊家に生まれながら、妾の子と言うことで長い間不遇の時代を過ごします。しかし、その間に茶道に精進し、石州流の茶人「宗観」として茶道の分野でも名をしられ、「茶湯一会集」という著書を残しています。この「茶湯一会集」の序文には次のような文章があります。

そもそも茶の湯の交会は、一期一会といいて、たとえば、幾度おなじ主客交会するとも、今日の会に再びかえらざることを思えば、実にわれ一世一度なり。

たとえ同じ人に幾度会う機会があっても、いま、この時の出会いは再び帰ってこない。一生涯ただ一度限りの出会いである故、一回一回の出会いを命がけで臨まなければならないという意味です。茶の湯ももちろんそう臨まなければなりませんが、私たちの人生もまた然りです。

では「一期一会」に人生を進める、生きていくとはどういう生き方でしょうか?私たちの人生は、出会いの連続です。両親や友人、同寮、同志、たくさんの人たちとの出会いがあります。もちろん出会いの対象は人間だけではありません。犬や猫、草木、山や海はもちろん、目の前の全てのものとの出会いも含まれます。

お茶会だけではなく、人との出会いだけではなく、目の前の一つ一つのことまでも、この場限りと思って一生懸命向き合っていく。今日一日で人生が終わってしまうという覚悟で、集中して臨めば間違いなく人生は幸せな時間となるのではないでしょうか?

生きると言うことは間違いなく死に近づいている。

今日一日生きると言うことは、間違いなく死に一日近づいているということです。だからこそ、毎日はとても貴重で、かけがえのないものなのではないでしょうか?

「一期一会」がわかると「会った時が別れの時」ということが分かります。そう考え てみると、言葉の使い方も、ものの考え方も、身体の動作すべてにわたり、「これでいいのか」と自己判断ができるはずです。そして、この「一期一会」はなにも死に対する恐怖や悲しみなどの感情を呼び起こすものではありません。積極的に豊かで幸せな人間的生き方を指し示してくれているのです。

私が言いたいことは、「いまを大切に生きる」ということです。今を大切にしてはじめて未来を正しく生きる道に通じるはずです。そうすれば、自分を大切にし、時間を大切にし、他を愛して心身共に豊かになれる生き方ができるのではないでしょうか?

だからこそ、家族や友人など、たとえ毎日毎日同じ顔をつきあわせる同志でも、その出会いが「一期一会」と合点できたら「いってきます」「おやすみなさい」「さよなら」などのありふれた挨拶も、出かけたらもう二度と会うことはないかもしれない。一度寝たら目が覚める保証なんてどこにもない。とても意味がある素敵な言葉だとおもいませんか?

最後に森信三先生の言葉を添えさせていただきます。

人生、出会うべき人には必ず出会う

しかも、一瞬遅からず、早からず

私はここまででも大好きな言葉ですが、さらに続きがあることを教えてもらいました。

しかし、内に求める心なくば

眼前にその人ありといえども

縁は生じず