時時に勤めて払拭せよ!

達磨大師の禅流を継いだ五代目の祖師、弘忍禅師の下にはつねに多くの門弟があり、盛んに修行が行われていました。ある日弘忍禅師は弟子達に自分の法を嗣がせるため、悟った偈(漢詩)を示させます。

当時、弘忍禅師の弟子は七百人を超えていたとか。みなが尻込みしている中、高弟の一人であった神秀が次のような偈を張り出すのです。

 

身是菩提樹

心如明鏡台

時時勤払拭

莫使惹塵埃

 

身は是れ菩提樹(ぼだいじゅ)

心は明鏡台(めいきょうだい)の如し

時時に勤めって払拭(ふっしき)せよ

塵埃(じんあい)をして惹かしむること莫(なか)れ

 

私たちの身体は悟りを宿す樹である。心はもともと清浄で美しい鏡のようなもの。

ゆえに、つねに汚れないように拭かなければならない。雑念の塵や埃をつけないように。

 

禅のさとりはある日突然自分のものになるわけではない。日々の努力こそ修行に不可欠なものである。本来もっている清らかな鏡が曇らぬように、努力が必要だと言うことでしょう。これこそ高弟・神秀が示した境界だったのです。

 

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鍾馗の願い

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「鍾馗」                    

「鍾馗髭」と言われるくらい立派で威厳のある「おひげ」、近寄りがたい鋭い眼光、凜々しい黒い冠と長靴、寄らば容赦なく切り捨てるというようなキラリと光る鋭い剣。鍾馗は中国の唐の時代に実在した人物と言われ、当時行われていた「科挙」という官僚になるための大変難しい試験に臨みますが、落第してしまいます。試験に落ちた自分を恥じて宮中で自ら命を絶ってしまうのです。

 その頃、唐の皇帝である玄宗が熱病に伏せており、夢に現れる小悪鬼に悩まされていました。ある晩その夢の中に、突如、藍色の着物に帽子を被ったヒゲ面の大男が現れ、この小悪鬼を退治したのです。皇帝が名前を聞いたところ、男は「私は鍾馗と申します。先日の科挙の試験で落第してしまい、恥じて自ら命を絶ちましたが、かたじけなくも皇帝陛下より手厚く葬られたご恩に報いるため、このように現れた次第です」と答えたのです。夢からさめると病が治り、皇帝は大いに感じ入って、当時の有名な画家であった呉道玄に命じてその姿を絵に描かせたのでした。この絵は邪気を祓う効果があるとして、日本でも、魔除けや病気除けとして重宝されたのです。世間でも「鍾馗さん」と広く親しまれ、邪気を払い、病気を除く効力があるとして、端午の節句の人形のひとつとなっているのです。

 

白隠さんは、およそ一万点と言われるくらいの、おびただしい数の墨跡(紙や布に墨で書いた肉筆の筆跡)や、「鍾馗さん」のような、禅画と呼ばれる絵を遺されています。禅画とは、禅宗の僧侶が描いた絵画と思われがちですが、それだけではありません。そこに「禅的なメッセージ」があって、はじめて禅画と呼ぶことができます。白隠さんは、自分の絵を売って生活の足しにした、つまり自分の生活のために絵を描いていたわけではないのです。また、白隠さんは、芸術家として絵画を極めよう、世に認めてもらおうといった想いをもっていたわけでもありません。生活のための「生業」でも、画家という「職業」としてでもなく、これだけたくさんの絵を描き残された理由は何か?それは、白隠さんの「迷い苦しむ人たちが少しでも幸せになって欲しい」という菩提心に他ならないのです。そのための「禅の教え」がメッセージとなって、禅画に溢れんばかりに込められているのです。

 また、禅画には大きな特徴があります。それは「画」と「賛(画に題して画面の余白に添え書かれた詩・歌・文)」とが共存していることです。絵と文字がお互いを深め合っている、西洋の美術にはない独特の表現方法です。それでは「鍾馗さん」の「賛」に注目してみましょう。

「或(ある)いは玉殿廊架(ぎょくでんろうか)のした みはしの本までも つるぎをひそめて忍び忍びに」

 玉殿とは、玉で飾った美しい宮殿のこと。その隅々までも、害するものを取り除くため、こっそりと刀を携え、国のために尽くす所存でございますと訳せるでしょうか。この「賛」は、鍾馗をモチーフにした謡曲「鍾馗」より引用されたものです。ここで興味深いのは、能楽の詩章である謡曲を用いているところです。今の時代では、謡曲に通じている人はなかなかおられないかもしれませんが、白隠さんの時代では教養として知っている、または耳にしたことがある人がたくさんいたことでしょう。当時の大衆の文化とも言うべき謡曲を用いることによって、伝えやすく、わかりやすくしているのです。

この謡曲には、「われと亡ぜし悪心を、翻す一念、発起菩提心なるべし」という節もあります。試験に落ちた恨みやつらみを捨て、官僚になりたいという執着を捨てた鍾馗さんが、国の指導者である皇帝を、ひいては唐という国全体を護っていきたいという誓いと願いをもった存在となっています。つまり、白隠さんの禅画において「鍾馗さん」は、「自分の幸せよりも他者の幸せを願う」という、世界の平和を願う菩提心の象徴として描かれているのです。これこそ、何の見返りも求めず禅画を描いて、それを布教の手段として「人の役に立つという菩提心をおこすことを、決して忘れてはならないよ」という白隠さんからのメッセージではないでしょうか。

 

「一日暮らし」という生き方 ~正受庵・正受老人~

北陸新幹線も開通した長野県の飯山市に正受庵という禅寺があります。

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白隠禅師が悟りをひらかれた場所として、わたしたち臨済宗にとって、とても大切なお寺の一つです。正受庵には正受老人(道鏡恵端禅師)という高僧が住していました。NHK大河ドラマ「真田丸」でおなじみ真田幸村公の兄、真田信之公の子どもであるといわれています。ドラマでは大泉洋さんの息子といえばわかりやすいでしょうか。正受老人はなんといっても、500年に1人と言われた名僧・白隠さんを悟りの境地に導かれた禅僧です。その老人の教えに「一日暮らし」というものがあります。わかりやすく和訳されたものをご紹介させていただきます。

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ある人の話に、「どの人が言ったかわからないが『一日暮らしという生き方をするようになったら、心もさわやかになって体のためにも非常によかった』と聞いた。

なぜかというと、一日は、千年万年の初めであり、その初めの一日をよく暮らすようにしていると、その日は充実したものとなり、それは一生をよく暮らすことにつながるからだ。

ところが人間というものは、とかく翌日のことを考えて、ああでもないこうでもないと、まだ先のことについて取り越し苦労をして、一日をむだに過ごしてしまい、その日のことを怠りがちになる。明日もあるから今日はこれでいいだろう、という毎日が続いていってしまうと、今日の一日という意識もなくなってしまい、ついあてもない先のことを頼みとして、その日の自分自身の緊張感がなくなってしまう。

明日やればいいと言っても、その明日があるかどうかは誰にもわからない。人の命は、はかないものだからこそ、今日一日の生活はどうなってもいいということではなく、今日の一日を精一杯つとめ励むべきなのだ。

どんなにつらいことでも、一日のことだと思えば耐えられるし、楽しみだって一日のことだと思えばそれに溺れることもない。

おろか者が好き勝手なことして親不孝をするのも、人生は長いからそのうち孝行すればいいなどと考え、つい甘え心をおこしてしまうからだ。

どんなことでも、今日一日が自分の生涯だという気持ちで過ごせば、無意味な時間を過ごすことなく、充実した一日を過ごすことができる。一日一日と思って一生懸命に生きれば、百年でも千年でも充実して過ごすことができる。これから先、長い一生のことだと思うから、荷が重くなってしまって大変なことになる。

一生は長いものだと思うけれども、これから先のことやら明日のことやら、一年、二年、また百年、千年先のことやら、わかる人はいない。死ぬまでが一生であると思って長く生きることができるような気持ちになっていると、一生という時の長さのついのせられてしまって、だまされやすくなってしまう」と。

人生の中で一番大切なことは、今日ただいまの自分の心なのだ。それをおろそかにしていては、翌日などというものはない。今日をきちっと一生懸命に務めるように心がけなければ、明日という日も堕落した日になってしまう。今日一日をしっかりと務め、明日もまたそのような一日がくるようにしなければならない。

世の中すべての人に、先のことを考えてみることは、誰にもあることだ。しかし、今ここにある、この一刻の、この今を、どう生きるか、どう暮らすかを考えている人は少ない。

『正受老人物語』飯山市教育委員会発行より

東京禅センターでは、正受庵での泊まりがけの坐禅会を企画しております。興味がある方、ぜひご参加ください。正受老人ゆかりの地、白隠禅師開悟の地を体感して頂けます。

東京禅センターHPhttp://www.myoshin-zen-c.jp/event/event_seijuzazen.htm

車を停めて坐ろに愛す楓林の晩、霜葉は二月の花よりも紅なり。

車を停(とど)めて坐(そぞ)ろに愛す楓林(ふうりん)の晩(くれ)、霜葉(そうよう)は二月の花よりも紅(くれない)なり。  杜牧「山行」より

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境内の紅葉も色づきはじめました。

誰しも一回は、あまりの絶景に車を停めて、時間を忘れてつい眺めた経験をお持ちのことと思います。この詩で大切なのは「坐」「そぞろ」という言葉です。

松原泰道さんは「坐」をこのように解説しています。

漢学者は坐の字を解字して「人+人+土」の会意文字で、人が地上にしりをつけることを示すという。私は、土に坐る二人の人間はともに自分に他ならないと考える。一人は、感情のままに動く自我、一人は、この自我をリードする本来の自己で、自我と自己との会話が「坐」であろう。

きれいな景色を見て、その中で本当の自分と向き合う。人間は生きているとたくさんのことを自然から教わるものなんですね。

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