おんな城主・直虎の禅語⑤「応無所住而生其心」

応無所住而生其心  ~おうむじょじゅう、にしょうごしん~

 みなさんは五重塔をご存じですか?日本には、約五十の五重塔が現存しています。古くは平安時代に建立されたものもありますが、五重塔は高層建築にも関わらず、建立後これまで、焼失の場合は別として、どれ一つとして倒壊しておりません。

 それは、塔の中心に「心柱」という柱があるからだと言われています。心柱とは、地面のすぐ上の礎石から塔の頂点までを貫く中央の一本の柱です。建築の専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、心柱というものは、礎石の上に載せられるだけであり、固定されていないそうです。そのため、地震や大風があった際、振り子のように、塔自体の揺れを柔軟に吸収し、倒壊を防ぐことのできる柱なのです。


また、東京スカイツリーは634mもの高さがあるわけですが、その耐震構造には日本古来から伝わる五重塔の技術が用いられているそうです。現代の最新技術と伝統的構法が出会い、心柱と外周部の塔体とを構造的に分離することによって免震するという新しい制震システムが用いられて、634mという超高層タワーが建築されたそうです。
この心柱は、頑なに揺れない柱ではないそうです。揺れに対して、素直に軋むことができるところに折れない秘密があるようです。
これを禅の言葉に結びつけて生きましょう。「応無所住而生其心」という禅語です。これは、『金剛経』というお経の眼目、つまりは一番大事なところです。お釈迦様が十大弟子の一人である須菩提に人生を軽快に生きるためのコツを説かれた句であり、また中国の名僧である六祖慧能禅師の禅門に入るきっかけとなった句でもあります。
「応(まさ)に住する所無くして、その心(しん)を生ずべし」と読み、「住する」とは心がとらわれること、執着することをいいます。つまり「住するところが無い」とは「心は自由自在に働きながら、それでいて停滞する所が無い」ということになります。
人間は生きている以上、目で見たもの、耳で聞いたもの、鼻で嗅いだもの、舌で味わうもの、身体で感じるもの、心に思うもの、それらに惑わされてしまうことは仕方の無いことなのです。かといって、惑わされないようにと、何も見ない、何も聞かない、何も思わないでは人生面白くないはずです。
つまり、人生を豊かにするのに大切なのは、入ってきた情報を拒絶することではなく、しっかりと受け止めた上で執着して停滞することの無いようにすることではないでしょうか。
私たちは、人生を送る中でいつ「地震」や「大風」のごとき苦悩に遭うか分かりません。それが、人生の厳しさなのです。そうした時、心が折れそうになるほど、大きく揺れ動くこともあるでしょう。その苦悩による心の振動を吸収し、元のポジションに戻してくれる「心の柱」。私はこの柱が自分の中にあることを認識し、これを確立することこそ、悟りではないかと思うのです。
自分の「心の柱」を見つけることができれば、例えば嬉しいときは、嬉しい方へ、悲しいときは悲しい方へと、いくらでも倒れてかまいません。心の柱は地震では倒れませんので、しっかりきしんで元のところに戻ってきてくれるのです。
以前、友人の結婚式でのご来賓のスピーチで、素晴らしい言葉との出会いがありました。「嬉しい一〇〇、悲しい一〇〇でプラスマイナスゼロではない。足して二〇〇で、人生の豊かさである」と。


柱の振れ幅は、人生の豊かさに他なりません。ぜひ皆さんも本当の自分と向き合っていただいて、心の柱をしっかり見つけて下さい。私たちの人生に確固たる信念はいらないのです。どうしても、強固で頑なな柱に憧れを持ってしまうかもしれません。ですが、強固すぎる柱は、許容範囲を超えた揺れに対して、折れてしまう恐れがあります。折れた柱を元に戻すのは、容易ではありません。しかし、柔軟に軋んで、振動する柱なら折れることはないのです。


みなさんがそれぞれに「心の柱」を見いだして、自由自在にはたらくことができるようになるとき。それはまさに、禅でいうところの「無心」というものなのです。
千本の手のある千手観音は、その中のただ一つの手に気を取られていまったのたら、残りの九九九本の手は使えなくなると言われます。

 無心になるにはどうすればいいか。その場その場で自分のしなければならないことに成りきるしかないのです。

 そして、それを後に引きずらない。失敗にも成功にも囚われない。余念を交えず、精一杯に努める。そうすれば自分の行為に正解、真実を見いだし、生きがいを感じて生きていくことができるのです。

 

おんな城主・直虎の禅語④「前後際断」

気賀のお城が徳川に襲撃されて、あまりに悲惨な現状に言葉をなくしていた直虎さまに、昊天がかけた言葉です。

前後の際を断つという意味です。禅の教えでは、前の心に囚われることも、今の心を後に残すこともよしとはいたしません。そうなってしまうと、今、目の前のことに全力で取り組むことはできなくなってしまうからです。

過去は過去、未来は未来、とにかく今目の前で、自分のなすべきことをしなさいと取ることができます。

夏になると涼しげな幽霊の画を拝見する機会があります。幽霊画は芸術的な価値はもちろん、その他にも、私たちに大切なことを教えてくれているのです。
長くうしろになびかした髪の毛は、後ろ髪ひかれる想いということで、過去への囚われを表しています。前に「うらめしやー」と垂らした両手は、まだ来ぬ未来への憂いを表しています。そして、今現在どこに足をつけているかを見てみると、地に足がついていない。過去や未来に心を置かず、今目の前のことにしっかり足をつけて向き合って生きることこそ大切であると。これは、幽霊からのメッセージなのです。