盤珪さんと不生禅

盤珪永琢(一六二二~一六九三)は、現在の兵庫県姫路市網干区に生まれ、十七歳で出家し、命がけの厳しい修行に身を投じられ、ついに禅の悟りをひらかれました。そしてその生涯をかけて禅の教化活動に邁進されたのです。盤珪禅師はそれまで禅宗で用いられていた中国の言葉である漢語を使わず、誰もが理解できる平易な日本語を用い、自らの口から出た言葉で判りやすく、面と向かって、誰から誰に至るまで法を説かれました。中国から伝来した禅が、盤珪禅師によってはじめて日本オリジナルの禅として再誕され、当時行き詰まり状態であった日本臨済宗に新しい息吹が生まれたのです。

盤珪禅師の説かれた禅の内容は、自身の次の言葉に集約されています。

「皆親の産み付けてたもったは仏心ひとつでござる。余のものは一つも産み付けはしませぬ」

私たちが親から産み付けられたものは、「仏心」ただ一つ。他のものは何一つとしない。たとえば、鏡は前にある物を映そうと思わなくても、そのまま物を映します。その前の物が取り除かれれば、もちろん何も鏡には映りません。盤珪禅師は、この鏡のような心こそ「仏心」であるというのです。

また、盤珪禅師は、自身の永年にわたる生死をかけた厳しい禅修行を「無駄骨を折った」とあっさりと否定し「そんなものは一切不要である」と言い切られるのです。ありのままの自分でいい。なぜなら、「仏心」は生まれながらに私たちに具わっているもので、けっして後から生まれるものでも、死んだらなくなってしまうものでもない、つまり「不生」のものだからです。自分自身の中に生まれながらにある「不生の仏心」で暮らすことができれば、私たちは道を誤ることなく心安らかに人生を歩んでいける。この禅風こそ「不生禅」なのです。

禅は苦行ではない。無理をすることは必要ではない。ありのままでいい。できることなら皆には、厳しく辛い修行をすることなく気付いて欲しい。誰もが幸せに生きて欲しい。「不生禅」には宗教家・盤珪禅師の深甚たる慈悲の心とも言うべき「願い」を感じずにはいられないのです。

盤珪国師頂相 薬師院

薬師院蔵