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[003] 花は根に帰ると聞けば 我も又生まれぬさきの里に帰らん

花は根に帰ると聞けば 我も又生まれぬさきの里に帰らん

江戸時代に尾道の済法寺に住職をした物外和尚(〜1867)は、腕力絶倫であるため拳骨和尚(げんこつおしょう)と呼ばれた人ですが、あるとき藩主から呼ばれてお城に参ります。藩主の病は重く、臨終の時が迫ってきています。藩主は懐から辞世の句を認めた短冊を出して和尚に見せました。
花は根に帰ると聞けば我も又生まれぬさきの里に帰らん
「花は散っても根に帰るという。私も愈々死が近づいてきたようだが、死んだら和尚が言っていた生まれぬ先の里、即ち本来の自己、父母未生以前のところへ帰ってゆくのだろうか。」
和尚はそれを一読して頷くかと思いきや、いきなり短冊を放り投げて大声で叱咤しました。「この後に及んで何を妄想をかいているんだ。歌なんぞくそ食らえだ。黙ってさっさと死んでゆけばいいのだ。」これを聞いた藩主はニッコリ笑って頷き、静かに息絶えたということです。
物外和尚は藩主に何を伝えたのでしょうか。死ぬときは『死』一枚になって妄想も煩悩もすべて捨て去って死んでゆけと教えたのでしょう。
私たちはあまりに捉われることが多くてなかなか一途というわけにはいきません。
金、地位、名誉、立場、主義等の妄想を断ち切って自由自在に生まれ、死んでゆきたい。
これが禅的なものの考え方です。