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[004] 慧玄が這裏に生死無し

慧玄が這裏に生死無し里に帰らん

大本山妙心寺の開山である関山慧玄禅師(1360年没)はその家風が厳しく遺著も語録もありません。
ただ三転語(3つの心の眼を開かせる示唆に富む言葉)という短い言葉が3つあるのみです。
そのひとつがこの言葉です。
或るとき、一人の僧が入門を請い、「私は生死の問題で大いに悩んでいます。時は人を待ちません。ぐずぐずしているわけにはいきません。早急に生死について教えてください。」と問いかけます。それを聞いた開山国師は「慧玄が這裏に生死無しわしのところには生だの死だのというものは一切ない」と打ちのめして追い出してしまいます。
国師は生死の事実を踏まえて静止にふりまわされない自由の中で、生死を自分のものとしておられたのです。生死とは何だ。といったような観念の遊びの相手をするほど暇がなかったのです。厳しい実践の生活が国師の日常生活だったというわけなのです。