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[013] 風暖かにして鳥声砕け、日高くして花影重ねる

風暖鳥声砕 日高花影重(杜旬鶴)

唐末、後梁の詩人、杜旬鶴(九〇四年没)の『春宮』と題する詩が『三体詩』中にあります。
早に嬋娟に誤られて  粧わんと欲して鏡に臨んで慵し
恩を承くることは貌に在らず  妾をして若為ぞ容らしむ
風暖かにして鳥声砕け  日高くして花影重ねる
年々越渓の女  相憶う芙蓉を採りしことを
(朝日新聞『中国古典選』三体詩下)
「嬋娟」とは、女性の美しさをいいます。「慵し」とは、面倒でいやになる、するきになれない。
「恩を承くる」とは、天子の寵愛を受けること。「越渓」とは、浙江省にある渓流の名。「鳥声砕け」とは、鳥の囀る声がいっぱいという意。
―若くして美しいがために却って身を誤ってしまった。化粧をしようと思うが、どうしてもその気になれない。天子の寵愛を受けるのは決して容貌のためではない。それは、運だけです。
じゃ、私は一体どうすればいいのでしょうか!春風は暖かく、小鳥の声はあちこちに砕け散るようです。日は高々と上がって花の影は重なります。毎年、谷川に遊ぶ娘たちを見ると、私も昔嬉々として花を摘んだ頃があったものだと思います―。
元来、この詩は中国の春秋時代、呉王夫差の寵を受け、国を傾けさせた美女、西施のど怨情を歌った詩です。
「風暖かにして鳥声砕け、日高くして花影重ねる。」―寒い冬が去り。暖かい春になります。
春風がソヨソヨ吹き渡ります。いろいろな鳥が一勢に、囀り始めます。暖かい太陽の陽ざしが降りそそぎます。百花繚乱と吹き乱れた花々が重なり合って影を作ります。いかにも、春の長閑で美しい情景です。
禅者がよくこの語を用いるのは、ただ張るの叙景詩として優れているからではありません。ゆったりとした春の中に、禅者の境涯の行き着くところ、すなわち俊敏鋭利な機用が影をひそめ、迷いも悟りも規範も、威儀も忘れ果てた、酒々落々、悠々自適の境涯を感得できるからです。
禅者の境涯はよく、
我が心秋月に似たり碧潭清うして皎潔たり(寒山詩)
と歌われるように、秋の情景に託して述べることが多い。しかも、一面 愚のごとく、魯のごとく平々凡々、好々爺の消息は春の情景に託した場合も多くあります。
播州・加古川の在で、特異な俳人として生涯を送った瓢水という俳人の話を聞いたことがあります。
江戸末期、富裕な回船問屋の長子として生まれた彼は、何不自由なく育ちます。俳諧師の仲間に入り、名前も知られるようになります。しかし明治に入って陸蒸気が通ります。家業の運送業もそれに取って替わられ、ついに倒産の憂き目をみます。財宝、田畑、山林、ある物すべてを売り尽くします。ついに家も売り、蔵まで売りつくします。しかし彼は悠々閑々、別に臆するところはありません。
蔵売って日当たりの良きボタンかなと
自らを詠じて借家に移ります。何もなくても春風駘蕩、無に徹した一句です。
「風暖かにして鳥声砕け、日高くして花影重ねる」―瓢水もまた、春のような暖かい、のんびりした心を持っていたのではないでしょうか。

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