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[017] 六月に松風を買わば、人間恐らく価無からん

六月買松風、人間恐無価(槐安国語)

報道によれば今夏は全国的に盛暑で、北関東館林では40℃を超えたとか。温暖化現象ここに窮まった感です。
「六月」とは旧暦の六月のこと、今の七月、八月頃です。
日本特有の腹立たしくなるほどの蒸し暑さのなか、どこか夕立でもあったのか、涼しい一陣の冷風が松の枝々を縫って、そよそよと吹いてきた―、この言うに言われぬ涼しさ、清々しさ、心持よさ、誰でも一度は経験したことがあると思います。いかに精巧な冷房装置や扇風機でも、味わうことのできない風情です。
この松風の「ありがたさ」は、たとえ幾千万のお金を出しても買えない、ただ自然のみが施すことができる恵みであるというわけです。
近頃、家庭や職場にクーラーなどが普及して、涼味を人工的に求めることが多くなっていますが、その反面、神経痛、冷え性の人がたいへん増えて、問題になっていると聞きます。お米や果物などは、徹底した夏の暑さに恵まれないと実りも悪いし、甘味も少ないといわれます。人間もまた然り。暑いからといって安易にクーラーなどに涼を求めすぎるから、体に変調をきたすのではないでしょうか。
暑いときには徹底的に汗を流して、暑い暑い!それでもいいのではないでしょうか。自然の暑さに耐えた人間ほど、一陣の松風にも新鮮な感激をもって喜ぶことができるのです。
文明の利器に慣れてしまって、自然の一挙手、一投足のたたずまいを振り返る心の余裕と、自然に対する謙虚さ、自然に感謝する心を失いがちです。
私たちはこの句に参じて、「一陣松風、実に涼し」だけではなく、一陣の松風に「価無からん」と千金の価をつけた心意気から、自然に対する心の余裕と謙虚さを、取り戻す必要があるのではないでしょうか。