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[026] 幾時か熱と苦しみて清風を念う、九月西風落葉を驚かす

幾時苦熱念西風 九月西風驚落葉(少林無孔笛)

かつて京都での修行時代、暑い暑い夏が終わり、十月になるといよいよ雪安居(せつあんご)(冬の修行期間)に入ります。初日に老師が講座台の上より切々と読まれるのが妙心寺の高僧 東陽英(とうようえいちょう)朝禅師(一四二八〜一五〇四)の「大道真源禅師小参(だいどうしんげんぜんじしょうさん)」という遺文(いぶん)です。身心を引き締めて拝聴したものです。
幾時(いくとき)か熱(ねつ)と苦(くる)しみて西風(せいふう)を念(おも)う、九月(くがつ)西風(せいふう)落葉(らくよう)を驚(おどろ)かす。看(み)よ、光陰(こういん)、此(かく)の如(ごと)く遷(うつ)り易(やす)し。
諸禅(しょぜん)徳(とく)、甚麼(なに)辺(へん)の事(じ)をかなえ成し得たる。吾(わ)が臨済(りんざい)の門庭(もんてい)、甚麼(なん)の事(じ)か有(あ)る。人人(にんにん)具足(ぐそく)、箇箇(ここ)円成(えんじょう)、惜しいかな、自信不及(じしんふぎゅう)にして、自(みずか)ら棄(す)て、自(みずか)ら怠(おこた)ることを。一(いち)刹那(せつな)の間(かん)に頭(こうべ)童(かむろ)に、歯豁(はまばら)にして、臍(ほぞ)を噬(か)むとも及ぶこと無し。是(こ)れ誰(たれ)が咎(とが)ぞや。有る者は道(い)う、我(われ)は是(こ)れ後生(こうせい)の衲子(のっす)、参禅(さんぜん)、時(とき)未(いま)だ到(いた)らずと。
豈(あ)に見(み)ずや、倶胝(ぐてい)、指を堅(た)つれば、童子(どうじ)十二歳にして悟(さと)り去(さ)る……。
有(あ)る者(もの)はい道う、我(われ)老(お)いたり、参禅するに力な無しと。豈に見ずや、六祖(ろくそ)の会下(えか)に法達禅師(ほつたつぜんじ)有り、百歳に垂(なんなん)として始めて悟道(ごどう)す……。有る者は道う、我(われ)寺院の激務(げきむ)に牽(ひ)かれて、参詳(さんしょう)するに遑(いとま)無しと。豈に見ずや、雪峰存(せっぽうそん)禅師、初め?嶺(びんれい)を出(い)づるの日、自ら籬木杓(そぼくし)を買って、誓って諸方に向かって飯頭(はんず)と為る。三たび投子(とうす)に登り、九たび洞山(とうさん)に到る。およ?びとく徳ざん山にあ有ることた多ねん年、みな皆なてん典ぞ座とな作ってろう労く苦す。た他、のち後に千五百人のぜん善ちしき知識とな為る……。昔日(むかし)此(かく)の如し。而今(いま)何れの時ぞ、祖庭秋晩(そていあきく)る。嘆(たん)ず可(べ)く、悲しむ可し……。
「臍を噬むとは後悔すること、「後生」とは若年、「衲子」とは僧の意、「参詳」とは参じてつまびらかにする事。「?嶺」とは中国福建省の別名、「笊籬」とはざる、「飯頭」も「典座」も食事を作る役の事です。
 日本の八月は特有の蒸し暑さです。早く九月が来て西風、秋風が待ち遠しいものです。九月に入ると西風がいつとはなく吹き、はらはらと落ちる落葉にビックリさせられるものです。看よ、このように光陰(月日)はアッという間に過ぎ去って行く。修行者よ、お前さん達はどれだけ修行したというのだ!「吾が臨済の門庭、甚麼(なん)の事か有る、臨済の真髄は決して難しいものではないぞ。「人人具足(にんにんぐそく)、箇箇円成(ここえんじょう)」、誰でも同じように、仏(悟りを開いた人)になる可能性、即ち仏心仏性を、円満に過不足なく十二分に持っているのではないか。「惜しいかな、自信不及(じしんふぎゅう)にして、自ら棄て、自ら怠(おこた)ることを」、それにもかかわらず、確信が持てずウロウロして自ら悟りを棄て、務めようとしないのは誠に惜しい事だ!「一刹那の間に頭童に、歯豁にして、臍を噬むとも及ぶこと無し、人間の一生など、長い長いと思っていても、アッという間に頭は薄くなり、歯は抜けてしまうぞ!その時に悔やんでも、もう遅いぞ!「是れ誰が咎ぞや。有る者は道う、我は是れ後生衲子(こうせいののっす)、参禅、時未だ到らずと」、これは誰のせいでもない、自分自身の責任だ。ある人は、自分は未だ若い修行する年ではないという。そうだろうか?
「豈に見ずや、倶胝、指を堅つれば、童子十二歳にして悟り去る、知らないか!何を聞かれてもすうっと指一本を立てた中国の倶胝和尚(生没年不詳)は、それを真似た一人の童子の指を切り落とす。その激痛の中で十二歳の童子が悟り去ったといわれているではないか!また、「有る者は道う、我老いたり、参禅するに力無しと」、本当にそうだろうか。「六祖(ろくそ)の会下(えか)に法達(ほつたつ)禅師有り、百歳に垂として始めて悟道す」、六祖慧能禅師(六三八〜七一三)の弟子に法達禅師という人がいるが、なんと百歳近くになって道を悟ったというではないか。
また「我寺院の激務に牽かれて、参詳するに遑無し」というけれど、果たしてそうだろうか。雪峰義存禅師(八二二〜九〇八)は故郷の?嶺を出る時、自ら「ざる」と「柄杓」を買って持参し、何処の道場へ行っても人の嫌がる食事の世話を志願し、「三たび投子に登り、九たび洞山に到る」と長い年月修行にくれて、ついに千五百人もの弟子を持つ大善知識となったではないか!
何も修行は「禅」ばかりではありません。何の「道」でもそれ相応の修行が必要です。「幾時か熱と苦しみて西風を念う、九月西風落葉を驚かす」、じっくり参じたい句です。

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