悟りとは? ~井戸端トーク 番外編~

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先日「井戸端トーク 番外編」に行って参りました。

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この「井戸端トーク」は、宗派や宗教にとらわれない座談会で、龍雲寺で開催したこともあります。

この日のゲストは、曹洞宗のネルケ無方師と同じく曹洞宗の吉村昇洋師。

お二人とも曹洞宗ということもあり、臨済宗の私には興味津々でした。内容も只管打坐や精進料理の真実など、興味深いものばかりでした。

ドイツ人のネルケさんは、その出家にいたる因縁と、現在住職をされている安泰寺で、今なお自給自足の修行をされているところからくる圧倒的な体験談。

また、吉村さんは心理学を学ばれているところからくる切り口と、文献あってこそという学者肌。(これがスゴイ)

お二人は、同じ曹洞宗の僧侶なのに、表現が違って興味深かったです。

そして、とにかくお二人とも話しが面白かったです。

※お二人とも著書がたくさんあるので、おすすめです。(帰ってすぐに買いました!)

 

この中で、参加者の中から「悟りとは?」という質問がありました。もちろんお二人はそれぞれの体験と知識からお答えになっていました。私も色々考えましたが、こんな面白い話があるので紹介します。

 

『一人の木こりが山奥に入り、斧で木を伐っていると、さとりという非常に珍しい動物がそばに寄ってきました。さとりは人の心を読み取ることができるという珍獣で、捕まえれば高く売れます。そこで木こりは「よし、生け捕りにしよう」と考えました。

するとすぐにさとりが「お前はおれを生け捕りにしようと思っているな」と、からかうように言うのです。早くも心を読み取られたようで、木こりがびっくりすると、さとりは得意げに「こんどはおれに心を読まれてびっくりしている」といいます。シャクに障ったきこりは「ひと思いに斧で打ち殺してやるか」と考えました。

さとりはまたも、「斧でおれを殺そうというのかい。それはおっかないな」と、わざと逃げる身構えをします。ついにきこりはあきらめ、「こいつはかなわん。こんなやつを相手にしていたら、メシの食い上げだ。さとりなんかかまわず、自分の仕事に精を出そう」と思いました。さとりは「とうとうおれを諦めて、自分の仕事に精をだそうとしているな。ざんねんだったなあ」と、せせら笑いました。

木こりは、この気味の悪い動物のことなど忘れようと、また斧を振るって一生懸命働きました。そばでさとりがニヤニヤしながらそれを見ています。そのうち偶然に、全く偶然に、木こりの振り下ろした斧の頭が柄から飛び、見物していたさとりに命中したのです。さとりは地面に倒れて動けなくなりました。おかげできこりは、さとりを生け捕りにすることが出来ました。

人の心を早く読み取る、不思議な力をもつさとりも、全く無心に立ち働いている、きこりには勝てませんでした。なぜなら心を読み取ろうとしても相手は無心で読み取れなかったからです。』

 

「悟りとは?」・・・みなさんも「悟り」=「しあわせ」と考えてみてください。「しあわせ」ってなんだろうと考えているうちは、しあわせではない。気がついたら「しあわせ」だったというのが、人間なのかもしれません。

そして、「悟りは何?」「しあわせって何?」と、自分の外に考えているうちは、考え得ることはできないのかもしれません。しかし、これを何とか言葉にしなくてはならないから、難しいし、仏教って面白いんだと思います。

最後に、この企画に参加出来たのも、井戸端を企画された増田師と横川氏のおかげです。感謝いたします。そして、「若いお坊さんもスゴイ!」と感動できる夕べでした。

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