盤珪国師の残されたもの ~円覚寺管長さまとの対談より~

先日の円覚寺管長さまとの対談で、「盤珪さんには弟子が育たなかった」という表現をさせていただきました。この言葉は、通説になっていますが、私は全てが正しいとは思っていません。私の預かる龍雲寺のご開山は節外祖貞禅師。この方は盤珪国師の高弟であり、直接法を受け継がれた弟子中の弟子ということになるからです。

しかし、盤珪さんの系統が比較的早い段階で途絶えてしまったことは、紛れもない事実です。対談の中で横田老師もおっしゃったように、大梁祖教禅師(網干・龍門寺二世)や融峰祖円禅師といった、盤珪さんの期待を背負われた立派なお弟子方が、早世されたことも間違いなくその一因です。

また、公案(禅問答)を否定されていた盤珪さんは、白隠禅師のように公案を用いての弟子の指導ができなかったこともその理由であると考えられています。この盤珪さんと公案については、次回のブログにあげさせていただくこととします。

「不生」の一文字ですべてがととのう――

ありのままでいい。厳しく苦しい修行などは必要ない。この宗教者・盤珪さんの慈悲心が違う形で、お弟子さんたちに届いてしまっていたのではないか。結果的に直接のお弟子さんたちはともかく、孫弟子の代になると白隠禅師から痛烈に批判される結果になったのです。

それでも、白隠禅師は不生禅を批判されることはあっても、盤珪さんを名指ししての批判は見受けられません。カリスマ性をもたれ、平易に禅の布教を行い、当時行き詰まり状態であった日本の臨済宗に風穴をあけられたことは間違いないと思うのです。

「やはり、盤珪さんの禅の流れは消えてしまったのか・・・」

事実、現在の臨済宗は、全て白隠禅師の流れに属しています。その流派も残されていません。それでも、横田老師の語録の提唱や、鈴木大拙先生のご著書、その影響を受けられている方々の言葉に出会うたびに、私は思うのです。

ここに、盤珪さんの禅は生きていると。

もしかすると盤珪さんは、こうなることをご存じであったようにも思えるのです。

 

※円覚寺さまのYouTubeチャンネル

円覚寺・横田南嶺老大師が盤珪さんに対する想いをお話になられています。